チベットのみどころ

荒涼とした大地に敬虔な仏教世界が広がる天空の国・チベット。聖なる都ラサを中心としたチベットの見どころを紹介します。

チベット自治区・ラサチベット自治区・ツェタンチベット自治区・ラサ近郊チベット自治区・ラサ郊外青海省

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■チベット自治区・ラサ■
標高3650mのラサは、7世紀に吐蕃王国のソンツェンガンポ王がヤールン渓谷にあった都を遷都して、マルポリ(紅山)に王宮(ポタラ宮の前身)とジョカンを建立して以来、チベットの中心的な都となりました。その後、9世紀半ばの吐蕃王国滅亡後、地方政権の乱立時期が続きましたが、17世紀にダライラマ5世がチベットを統一してから再びチベットの中心都市としての地位を築きました。
もともとラサは「ヤギの土地」、「神の土地」という意味がありますが、「太陽の都」とも呼ばれるように、晴天が多く日差しが強い場所。ジョカンを中心とした旧市街(ラサ西部)には多くのチベット族が住んでいます。一方東部には、近年漢族が多く移住して作られた新市街が広がっています。

【ポタラ宮】
Potala Palace 1
7世紀にソンツェンガンポ王が「紅い山」を意味するマルポ・リの丘に築いた宮殿の跡に、17世紀にダライ・ラマ5世が造営を始め、5世没後に完成した歴代ダライ・ラマの宮殿。宮殿の高さは115メートル、東西360メートル、南北は300メートルにも及ぶ壮大なこの宮殿は、ダライ・ラマの住居であり、歴代法王の霊塔を祀る宗教的な場である紅宮と政治を執り行う場所でもある白宮とに分かれています。

入り口から長い階段を上っていくとデヤン・シャルと呼ばれる中庭に出ます。その上の白宮ではダライ・ラマの謁見室、仏間、居間などを見ることが出来ます。また紅宮では5世から13世までの歴代ダライラマの霊塔が納められたお堂、ゲルク派の高僧を祀ったお堂や立体曼荼羅を祀るお堂などを見学する事が出来ます。

【ノルブリンカ宮殿】
Norbulingka Park
1755年、ダライ・ラマ7世統治の時代に法王の夏の離宮として建てられました。敷地内にはいくつもの離宮があり、その中でも最大の離宮がダライ・ラマ14世が実際に生活されていた宮殿であるタクテン・ポタン。宮殿内にはダライ・ラマ法王の玉座、寝室やトイレ、美しい壁画などを見ることが出来ます。1959年のチベット動乱時、14世法王はこの離宮から脱出してインドへ亡命しました。毎年夏に行われるショトン祭ではここでチベットオペラが上演されます。



【ジョカン(大昭寺)】
Jorkhang
7世紀に創建された吐蕃時代の寺院で中国名では大昭寺と呼ばれますが、チベットでは一般的に本堂に相当する部分の名称である「ジョカン」と呼ばれています。現在、午前中はチベット人巡礼者用。午後のみ一般の観光客に開放されています。ジョカンの正面入り口前では、常にチベット各地からの多くの巡礼者が五体投地礼を繰り返している姿を見ることが出来ます。


中庭から入り、本殿1階の中央には一際目を惹く大きなグル・リンポチェ像、弥勒像、千手観音像が納められています。また周囲の回廊には様々な尊格を祀ったお堂があり、入口のちょうど正面にあたる釈迦堂にはジョカンで最も神聖な像である黄金のシャカムニ像が安置されています。また、1階の壁画にはジョカン造営の縁起絵が描かれています。
1階を一通り参拝した後は階段で3階に上がってみて下さい。屋上からはポタラ宮の勇壮な姿を望む事が出来ます。

【バルコル(八角街)】
Barkhor Street
ジョカンの周囲を巡る巡礼路であるバルコルは、地方から来た巡礼者や地元のチベット人、国内外からの観光客でいつも賑わいを見せています。常設の店舗や屋台ではタンカや仏像、経典、衣服、宝石やアクセサリーなどの土産物や日常生活品が販売されています。ここでは巡礼者と一緒にジョカンを右手に見る時計回りの方向でゆっくりと歩いてみましょう。
チベット人な敬虔な宗教心を感じる事が出来る場所です。


【デプン寺(デプン・ゴンパ)】
Outside of DrepungThe large portrait of Buddha in Drepung
ゲルク派の創始者ツォンカパの弟子によって15世紀に創建された僧院です。ポタラ宮が完成するまでダライ・ラマの寝殿であったガンデン・ポタンや15mもの巨大な弥勒仏像が祀られた大集会堂(ツォクチェン)等を参拝する事が出来ます。



【セラ寺(セラ・ゴンパ)】
Debating in Sera
デプン寺と同じく、15世紀にツォンカパの弟子によって創建された僧院。日本人である河口慧海や多田等観もこの僧院で修業に励みました。大集会堂の壁画は黒ずんで見え難くなっていますが、その一面にチベット仏教の尊格が描かれています。セラ寺最大の学堂であるチェ学堂内には子宝に恵まれると信じられている馬頭観音像が納められており、願掛けをする数多くの女性巡礼者を見かけます。また、学堂の中庭で毎日午後に繰り広げられる学問僧の問答風景は一見の価値があります。




【ラモチェ(小昭寺)】
Ramoche Temple 1
唐からソンツェンガンポ王に嫁いできた文成公主が7世紀に建立した寺院。ジョカン(大昭寺)に移されたシャカムニ像は、かつてこのラモチェに祀られていました。
旧市街の中に建っている寺院ですので、バルコルからゆっくり歩くラモチェ迄の街の様子も昔ながらのチベット様式の住宅が残っており興味深い見どころの一つです。




【アニ・ツァングン(尼僧院)】
ラサ旧市街にあるラサ3大尼僧院に挙げられる7世紀創建の尼僧院。旧市街の中にひっそりと建つ小さな僧院ですが、中庭にある茶館は尼僧院らしく綺麗に保たれています。
本堂の主尊は十一面千眼千手観音。参拝をした後に茶館で飲むバター茶の味は格別です。

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■チベット自治区・ラサ近郊■
【ガンデン寺(ガンデン・ゴンパ)】
ラサ東郊外のタクツェ地区に15世紀にツォンカパが創建したゲルク派の総本山です。1960年代の文化大革命時に徹底的に破壊されて廃墟となり、その後各お堂の再建が進んでいますが、いまだ創建当時の伽藍配置には及んでいません。
ツォンカパ霊塔殿にはこの僧院で亡くなったツォンカパの霊塔が安置されています。時間が合えばツォクチェン内で読経風景を見学する事が出来るかもしれません。

【ヤムドゥク湖】
ラサから西へ。曲水大橋を渡ってヤルツァンポ川を越えると峠へと向かう急な坂道が始まります。標高4,749mのカンパ・ラ(峠)に到着すると、眼下に紺碧のヤムドゥク湖を望む事が出来ます。カンパ・ラにはタルチョ(経文旗)がはためくオボー(石塚)があり、チベット族の人々はここで祈りの声と共にルンタ(風の馬)を空に撒きます。
夏には草原に放牧されたヤクの群れを見ることが出来、また冬に見られる雪景色を背景にした空と湖の青のコントラストはまるで絵葉書のような美しさです。

【サムエ寺(サムエ・ゴンパ)】
8世紀に吐蕃王国のティソン・デツェン王が建立したチベット最初の僧院。王はインドからパドマサンバヴァを招聘して土着の土地神を調伏し、この地に僧院を完成させたという伝説が残っています。またこのサムエ寺で中国からの禅僧とインドからの密教僧を論争させて、勝者となった密教をチベット仏教の正統として定めました。
サムエ寺の建物の配置は立体マンダラとよばれる仏教が説く宇宙空間を模しています。ウツェ大殿が仏教世界の中心である須弥山を表し、太陽や月を表すお堂、4つの大陸を表すお堂が回りを囲んでいます。このサムエ時の伽藍配置の全景は僧院近くのヘポリの丘の上から見渡すことが出来ます。

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■チベット自治区・ツェタン■
標高3500mのツェタンは、ラサ東南190キロのロカ(山南地区)の中心都市です。ロカ地域とはラサの南ヤルツァンポ川からブータンの国境辺りを指します。
ヤールン渓谷に位置するツェタンは、チベット最初の宮殿(ヨンブラカン)や吐蕃王国歴代の王が埋葬されている墳墓があるチベット史揺籃の土地であります。

【ヨンブラカン】
ツェタン郊外の丘の上に建つチベット最初の宮殿。伝説では紀元前2世紀に初代チベット王ニェティ・ツェンポが天から降りてきて、ここに宮殿を建てたといわれています。
その後2000年間に渡り何度も改修されて、現在の宮殿は1960年代の文化大革命時に破壊されたものを再建した建物です。宮殿までは約10分ほど坂道を登ります。

【タントク寺(昌珠寺)】
吐蕃王国のソンツェンガンポ王が魔女の化身である5頭の龍を退治して建立したという7世紀の僧院。本堂内には真珠で作られたタンカが納められています。

【蔵王墓】
ツェタンの南、チョンギェ地区にある吐蕃王国歴代王の方形の古墳群。中でも最大の陵墓がソンツェンガンポ王の王墓と考えられています。陵墓の上には小さな廟が建てられおり、廟内には吐蕃王国の著名な人物像が祀られています。

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■チベット自治区・ラサ郊外■
●ニンティ
チベット自治区の南東部に位置する平均標高3000mの地域。チベットの他の地域と異なり年間雨量も多いため、豊かな森林が拡がっています。郊外にあるパソンツォ(湖)は、チベット伝説のケサル王が活躍した聖なる湖。湖に浮かぶ島に建つゴンパは、8世紀にニンマ派の開祖パドマサンバヴァが訪れた僧院と言われています。

●ギャンツェ
シガツェの南東約100キロ。標高4000mに位置するギャンツェは古来インドとの交易の中継地として栄え、サキャ政権がチベットを統治した14世紀に最盛期を迎えました。
20世紀初頭にヤングハズバンド大佐率いる英国軍の攻撃を受けたこのギャンツェの街を展望する事が出来るギャンツェ・ゾンは、当時のチベット軍の防御施設の遺構です。

【ギャンツェ・ゾン】
14世紀以来ギャンツェ王が住んでいた城砦。1904年にヤングハズバンド率いる英国軍の侵入に対して応戦しましたが、3ヶ月で落城されました。
城砦内には当時の砲台も残っています。

【パンコル・チョルテン(白居寺)】
15世紀創建のギャンツェのシンボルになっている僧院。大集会堂脇に建つ高さ約35mのチベット最大の仏塔で有名です。仏塔内部は8階建、部屋の数は75間もあります。仏像や壁画を見ながら仏塔の中を右回りに上っていく過程自体が、解脱への道だとされています。
仏塔内には素晴らしい壁画が描かれています。下層の階には顕教系の如来や菩薩が描かれており、上層階に上がるに従い密教色の強い壁画(男神と妃が抱擁する姿のヤブユム仏)が多くなります。

【シャール寺】
シガツェとギャンツェの間に建つ寺院。寺院は11世紀に創建されましたが、14世紀の改修時に宋代の建築様式を取り入れ、現存する建物や壁画にはインドやネパール、中国の様式が反映されています。またこの僧院はチベット大蔵経の編纂を行ったチベットの大学者であるプトンが14世紀に住職を務めていました。

●シガツェ
ラサの南西280キロに位置し、標高3800mのチベット第2の都市です。ツァン地方の中心であるシガツェは、14世紀にパクモド政権がここに都市を築いてから発展をとげて以降、15世紀に創建されたタシルンポ寺の門前町として繁栄しました。ダライラマに次ぐ第2の高僧歴代パンチェンラマの住んだ場所としても有名です。

【タシルンポ寺】
チベット第2の都市シガツェの中心的な僧院で、15世紀にダライラマ1世により創建されました。その後5世の時代にタシルンポの僧院長が阿弥陀如来の化身であるパンチェン・ラマの地位を得て以来、歴代パンチェン・ラマの政治・宗教の中心として繁栄しました。広大な境内には歴代パンチェン・ラマの霊塔殿、集会堂、弥勒仏殿などが配置されており、一つの巨大な街のようになっています。

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■青海省■
●西寧
青海省の省都である西寧は標高2200mのチベット高原の入口にあたる大都市。街中には回族が多く住み、人口の8割を漢民族が占めています。
郊外のタール寺はチベット仏教ゲルク派6大寺の一つでもあり、門前町ではチベット族の巡礼者の姿を多く見かけます。
また青蔵鉄道開通以来、国内外の旅行者がこの街を起点にラサへと出発します。

【青蔵鉄道】
2006年7月に全線開通した青海省の西寧とチベット自治区のラサを結ぶ全長1956kmの高原列車。西寧から乗車すると車中で1泊し、ゴルムドを過ぎた頃に日の出を迎えます。崑崙山脈(主峰は6178mの玉珠峰)やトト河(長江上流地域)、ココシリ自然保護区(チベットノロバ生息場所)等を通り抜け、車窓からは美しい景色が見られます。
鉄道世界最高地点のタン・ラ峠(5072m)を通過するとチベット自治区に入り、ちょうどその頃に大きな塩湖を眺望する事が出来ます。
ラサ駅には夜の9時頃到着します。

【タール寺(塔爾寺)】
チベット仏教ゲルク派の僧院。チベット語ではクンブム(十万の仏像)と呼ばれます。ゲルク派の開祖ツォンカパの母親が14世紀に建立した仏塔が基になり16世紀に寺院自体が創建されました。バターで作った仏像などのバター彫刻が有名です。

【日月山峠】
青海省の省都・西寧から西へ約100キロ離れた標高3520mの峠。7世紀に唐の文成公主が吐蕃王国に嫁ぐ際に、この峠で自分の国に別れを告げたという伝説があります。
現在の峠には日亭・月亭という2つの建物が建ち、タルチョが風にはためいています。

【青海湖】
日月山峠を越えてしばらく進むと周囲の風景が一変してヤクや羊を放牧する風景が広がり、さらに進むと標高3200mの青海湖が見えてきます。琵琶湖の約6倍の大きさの中国最大の塩湖で、モンゴル語でココノール(青い湖)と呼ばれています。初夏には湖岸に黄色い菜の花が咲き乱れ、紺碧の湖と黄色い菜の花のコントラストが美しい景観が見られます。

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